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PENTAX K-S2を振り回す休日記

【まいにちコラム】回転寿司の話

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 ダイヤグラム作成は今日も続いている。現在午後セクションの清書を終え、残りが全体の4分の1になるまで作業を進行させた。その感想は明日以降に述べるとして、今日は回転寿司の話をする。

回転寿司は財布が常にスカスカ状態の私にとって、比較的手軽にひとりスシ・パーティを行えるオアシスである。これまで「すしおんど」「はま寿司」「スシロー」「無添くら寿司」「魚べい」の計5店を渡り歩いてきた(?)回転寿司に行くようになった(あるいは連れていってもらった)のが2012年11月頃だから、何だかんだで回転寿司歴4年半である。その間、回転寿司を取り巻く環境は大きく変化してしまった。

よく言われるのが「回転寿司の脱寿司店化」である。具体的には寿司以外のサイドメニュー拡充の戦略を取り、寿司に留まらない総合レストランを目指す方針を言う。その最もたる例と言えば「無添くら寿司」だろう。イベリコ豚丼の成功をきっかけに、シャリカレー、すしやのうな丼、冷やし中華、ラーメンなど、寿司以外のメニューを寿司以上に押し出すようになった。

HPを見れば一目瞭然、真っ先に「夏の中華シリーズ」の広告が目に留まり、その次に「すしやのうな丼」がやってくる。肝心の寿司は思ったよりもHPにいない。寿司の比重が小さくなり、サイドメニューがメインメニューになるという矛盾した奇妙な現象が起こっている。

思うに、くら寿司を始め各寿司店が行っている「脱寿司化」戦略の背景には、昭和のデパートの食堂があるのではと勝手に考えてみる。昭和のデパート食堂は和洋中全てある総合お食事処として家族皆が楽しめる場として機能し、同時に家族のメンバー間の連帯を強める機会として存在していたように思える。(個人の妄想です)

今やそれらはほとんど絶滅してしまった。昔賑わいを見せたデパートの屋上同様20世紀の遺物となってしまった。が、このデパートの食堂の持つ機能を、回転寿司店が和食の面で引き継いだ。

その理由は「寿司が回っている様子が楽しい」これに尽きる。寿司が店中をぐるぐる回るその光景は圧巻であり、ある種の非日常性を提供する。かつで昭和のデパートは家族全員が楽しむ非日常性を持った空間であった。それと比較して手軽な形であるが、回転寿司が同じ非日常性を持つものとして機能するようになった。

ここで寿司だけを提供するのは、寿司嫌いを客として取り込むことはできない。デパートの食堂に要求されたのは「家族皆が楽しめる場」であり、回転寿司もまたこれを継承しなければならなかった。かくして寿司嫌いも来れるように、サイドメニューの拡充、サイドメニューをメインにするという矛盾した戦略を取るのは必然であった。

このように、最近ますます回転寿司の「脱寿司化」が進むようになった。確かに家族全員で楽しめるようになったのは喜ばしいかもしれない。

しかし貧乏な独り身にとって回転寿司は「スシをひたすら食う場」でないといけない。わざわざ回転寿司店に足を運ぶのはなぜか。私はひとりスシ・パーティをしたいのだ!これは声を大にして言いたい。普段は手に入らない寿司を猛烈な勢いで口に放り込む。それが楽しみの少ない独り身の大きな楽しみなのだ。

...と言いつつ、今日は大盛めんたいマヨポテトとたぬきうどんも注文してしまった。脱寿司化の風潮にたてついておきながら結局はうまく乗せられている。うまいんだから仕方ない。そう言い聞かせている。