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PENTAX K-S2を振り回す休日記

土讃線の秘境、坪尻駅訪問記

 

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 6時10分にホテルをチェックアウトし、早朝の阿波池田駅に到着したのが6時25分。まだ駅構内の売店は開いてません。いつもなら食糧調達ができず困惑するところですが今日は違います。坪尻訪問が終わったら坂出まで出て讃岐うどんを食すのですから、今のうちに空かせる腹は空かさなければなりません。

6時43分阿波池田発。単行ディーゼルは2人の地元のおばちゃんと私を載せて、エンジンを一杯に吹かせて走り出しました。

 

 

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 7時2分。いよいよ待ちに待った坪尻駅との対面です。

写真の通り、辺りは野山にすっぽりと囲まれています。人家は駅舎周辺には一軒もなし。早速降り立ってみると先程の阿波池田の快晴ぶりから一転、どんよりと空が曇りだし急に湿度が上がってしっとりとするではありませんか。私は改めてここが噂通りの秘境駅であることを思い知りました。

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 坪尻駅は土讃線琴平ー阿波池田間にひっそり存在する、徳島県の駅です。

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 人家皆無の立地にあるこの駅は、秘境駅ファンなら必ず知っているであろう、四国随一の秘境駅として有名です。現在利用者はほとんどおりません。物好きの鉄道ファンか、秘境マニア以外この駅で下車する人は希でしょう。

駅看板には「秘境の駅」と紙が貼られています。これがファンによるものなのか、あるいはJR四国によるものか、定かではありません。しかしJR側はこの駅が秘境であることを十分に認識している様です。例えば2017年に運行が開始された観光列車「四国まんなか千年ものがたり」は坪尻駅を一観光スポットとして、数分間運転停車を行っている模様です。秘境駅の観光地化はいかがなものかという意見がありそうですが、個人的には嬉しく思います。廃止を免れ、駅としての寿命が大幅に伸びるのですから。

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 これが駅前と言っても、東京の人は信じないでしょう。広場に雑草がぶっきらぼうに生え、随所に「マムシに注意」の看板が立っています。それも中々の数です。どれだけ多くのマムシが潜んでいるのだろうと考えざるを得ません。人の数よりマムシの方がずっと多いもかもしれません。幸いにも今回は遭遇することはありませんでした。

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 坪尻には「スイッチバック」という特殊な機構があります。これは駅に入る時いったん側線に入りバックしてから進入するというもので、この土讃線には坪尻と新改にのみ存在します。この作業は運転士にとって大変面倒なもので、バックの際には反対側の運転台までわざわざ行って運転しなければなりません。

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 その面倒くささと時間的コストから、坪尻は一部の鈍行でさえ顧みられることなく通過されてしまうのです。通過の際は側線を通らずそのまま主たる線路の上を走行します。上の写真なら左下から右上に伸びる線路、この写真なら右下の手前の線路がそれにあたります。鈍行が駅を通過するのはいささかおかしくてなりません。しかしこの異常事態をつくりだす駅こそが、より貴重度の高い秘境駅と言えるでしょう。

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 いくら野山に囲まれていたって駅は駅です。人家のある国道に通ずる道は一応あります。駅舎を出て警報機のない踏切を渡るとこの廃屋に出くわすはずです。この廃屋を行ってけものみちをずっと登っていくと国道沿いに出られると言います。それはもはやプチ登山。事前のリサーチを見る限り滑落の危険のある場所があり、かつ整備もあまりされていないため迷子になる危険があるそうです。

加えてマムシの危機。噛まれても助けは呼べず、当然救急車は来てくれません。さらにぬかるみの危機。足を滑らせれば大けがする恐れがあります。無駄な冒険は避けようということで、私はしずしずと退散しました。

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 駅舎内はやや暗くジメッとしましたが、備え付けのドアあり、ファンによる貼り紙ありでとても賑やかで以外と快適です。秘境駅では何もないからこそ、愛されている証拠として沢山のモノを残していきます。

そのひとつが駅ノート。訪問した人が一言二言残せる台帳のようなものです。中には有名な鉄道ライターの方のコメントや、大変きれいな鉛筆絵を残す絵師の作品もあり、読んでいて全く飽きることがありません。

また東京からやってきた、訪問は十数年ぶりで懐かしい想いをした、友達との思い出作りにやってきたなど、顔の見えぬ無数の旅人によるコメントも多くつけられています。その一人一人に思いを馳せ、一体どんな心境で坪尻に来たのだろう、ということを想像するのも良い限りです。

秘境駅には人がいないと言います。しかし駅ノートを読めばまるで多くの人に触れられるような、そんな不思議な体験をするのです。東京の駅は人が多いですが、人の温かみを知ることはできません。秘境駅には人がいませんが、人の温かみを知ることができます。極めて逆説的な話ですが、真理だと思います。

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 坪尻はJRに見捨てられることなく、貴ぶべき秘境の駅として、存在することを許されています。右の看板は阿波池田駅長による坪尻へのコメントです。ここではいくつか引用します。

開業当初は利用客も多く、駅員も十名近くおり、池田町に天秤棒担いで野菜販売に行く行商人や、通学する学生ら、一日約100人程の利用客で賑わっていましたが、自家用自動車や道路整備の普及、過疎化に伴い、早くも昭和45年には無人化されており、今は朽ち果てた雑貨商の残骸だけが当時の面影を残しています。

 今では日本で5番目の秘境駅として、全国の秘境駅マニアからの脚光を浴びており、現在に至っています。

本日はようこそ「秘境の駅」坪尻駅にお越しくださいまして誠に、ありがとうございます。

どうか坪尻駅での思い出を大切に、お気をつけてお帰り下さい。今後も、坪尻駅を末永く、ご愛顧いただきますようお願い致します。 

阿波池田管理駅長

 なぜ人家皆無の秘境駅に立派な木造駅舎があるのか、これを読んではっと理解できました。行商人、学生が国道の集落から降りてきて、いまは廃墟と化した雑貨商の前で山を下った疲れを癒す、そんなのどかな風景が思われました。そこではきっと他愛もない会話でのんびり列車が来るのを待ったことでしょう。廃屋前の道に、列車を待つ人の笑顔が見られたような気がしました。

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そして私はまたここへ来る事が出来た。

 突っ伏し、嗚咽を自然に任せた。

あの藪をかきわけると、おふくろが両手を広げて待っている気がした。

その横で腕を組んだ親父が、「男は泣くもんじゃない」と、叱られそうな気がした。

もう来る事はないと感じていた坪尻駅に降り立っている。

 どこが変わったか?  何も変わっていない。

 自分が変わったのか? いや変わっていないじゃないか。

 

 忘れがたきは故郷

 

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 8時29分坪尻発。坪尻には一時間半の滞在でした。列車は発車時刻より10分も前に停車していました。その間列車に疲れた利用客が坪尻の空気を吸いに続々とホームに降り立っていきます。精一杯伸びをするもの、車掌さんと世間話をするもの、駅舎を珍しそうにパシャパシャと撮るもの、思い思いに坪尻の持つ養分を吸収していきました。

1時間半は比較的長めの滞在になりましたが、不思議と短く感じられたと思います。これも坪尻のもつ魅力のお蔭でしょう。ありがとう坪尻駅、また来ますと心で独り言をして、しばらく待っていた列車に乗り込みました。